宇吉郎の没後50年と雪の文化堂

宇吉郎の没後50年と雪の文化堂

雪博士・中谷宇吉郎が亡くなったのは1962(昭和37)年4月11日なので、2年後に没後50年を迎える。宇吉郎についての関心が高まると予想されるこの節目に、当館は新たな前進を遂げたいと考えている。その目標の一つが館の増築である。

当館は、柴山潟越しに白山を望む片山津温泉の近くの公園に、礒崎新氏の設計で建設され、16年前に開館した。磯崎氏の名作として高い評価を得ているが、設計当時は都市公園内の建造物の建蔽率の制限が厳しく、例えば、講演などに使える部屋は作られなかった。

また、当初は記念館という構想であったが、雪の科学館となり、活動の幅が当初の予想より広がった。そして、「子ども雪博士教室」の定期開催や、「雪のデザイン賞」のコンペなども実施しているが、館の狭さが活動の制約になることがあった。

そんな中、学識経験者などからなる館の運営委員会は、没後50年の事業として、「雪の文化堂」を増築する運動をすすめることを決定した。実験教室などに使えるスペースのほか、雪の文様のある作品など、文化面の展示をし、世界の雪グッズの販売もするという構想である。

現状の加賀市の財政事情からすれば、建設費のかなりを賛同者の浄財に頼らざるを得ないなど、解決を要する様々な問題があることが予想される。しかし、多くの人のご賛同、ご協力をお願いし、是非実現したいと考えている。

北國新聞夕刊「舞台」(2010.7.9)