雪だるまの雪
本州の雪では雪だるまができるけれども、北海道の雪ではできないという話を聞くことがあります。これは、積雪を作っている雪粒の表面が温度によって変化することに関係しています。
雪の話に入る前に、砂粒の話をしましょう。乾いた砂粒はばらばらで、それを手でまるめようとしても絶対に無理ですね。しかし、砂粒が濡れていると話は違います。砂をまるめるとだんごになるし、時には砂の造形なども作ることができます。これは、濡れた砂では粒の表面に薄い水の膜ができているので、その膜を介して砂粒どうしがくっつくのです。ちょうど、平らなガラスを重ねたときに、ガラスが濡れているとピッタリくっついて離れないのと同じです。
一方、雪粒の場合は、氷点下であってもその表面がわずかに融けていて、非常に薄い水の膜で覆われていることが明らかになっています。すなわち、濡れた砂粒の表面と同じ状態になっているのです。この膜があるので、雪粒どうしがくっつきあい、雪玉や雪だるまを作ることができます。しかし、この水の膜は温度が低くなるほど薄くなる性質を持っています。したがって、気温が下がり雪粒の温度も下がると、雪粒どうしがくっつく力が小さくなり、乾いた砂と同じ状態になります。北海道などの気温の低いところにあるスキー場では雪粒がばらばらで、雪けむりが舞い上がるほどの乾いた雪、すなわち”パウダースノー”となります。
さて、この雪粒(すなわち氷の結晶)の表面が氷点下でも融けているという現象は、”結晶の表面融解”と呼ばれています。氷の表面にこのような現象が起きる可能性を初めて指摘したのは、天才物理学者として著名なマイケル・ファラデーで、1850年ごろのことです。冷凍庫に氷のかたまりをたくさん入れておくと、やがてかたまりとかたまりがくっついてしまったという経験は誰でもあると思います。彼は、この現象が起きるしくみを、「氷の表面は氷点下でも融けて薄い水膜で覆われているため、氷のかたまりが互いにくっつきあう」というモデルで説明したのです。
このモデルは、当時はあまりに先駆的な考え方ですぐには受け入れられず、その後しばらくは忘れさられていました。しかし、1950年ごろになると、氷の表面に関する様々な性質がこのモデルをもとにするとうまく説明できるということに、多くの研究者が気づき始め、再び注目されるようになりました。しかし、氷の表面が実際に融けていることを実験で示すのは、当時も非常に困難でした。1980年代になると、偏光解析法という最先端の光学測定法が開発され、私たちはこの方法で氷の表面の測定を行いました。すると、確かに氷点下でも薄い水の膜が存在することを示す確かな証拠が得られたのです。さらには、この水の膜は容器に入った水よりも少し軽い(すなわち、氷に近い)という性質をもつことまで明らかになり、このためこの膜は”擬似液体層”と呼ばれるようになりました。この研究がきっかけとなり、その後世界中で氷の表面の精密な研究が盛んに行われるようになったのです。さらに、2010年代になると、ついに氷の表面の擬似液体層の挙動を顕微鏡で直接観察することさえ可能になりました。この研究も北海道大学の低温科学研究所で成し遂げられたものですが、その膜の挙動を捉えた映像は世界に衝撃を与えました。
氷の表面融解という現象は、雪玉や雪だるまが作れるというだけではなく、例えば、雪の結晶の成長、スケートやスキーの滑りやすさ、雷の発生、霜柱や凍土の生成など、雪と氷の関連するさまざまな現象を引き起こす源として作用していると考えられています。また、この現象は決して氷に限ったものではなく、どのような結晶でもその融点に近い高温になると、普遍的に起きるものであることも明らかになり、結晶表面の研究の重要な課題となっています。
(回答掲載日:2026年8月25日)
