最新の研究について
私は、雪の結晶だけではなく氷(雪の結晶も氷のひとつ)のさまざまな特性に興味があります。その意味では、特に雪の結晶の問題だけに焦点を絞るのは難しいのですが、その中でも興味深い研究を二つ紹介したいと思います。
最初は、氷の結晶の表面構造を分子のレベルで解明しようという試みです。この研究は、北海道大学低温科学研究所の佐﨑元(さざきげん)先生を中心とするグループが行っています。氷の結晶は、大気中から飛び込んでくる水分子が一個一個順番に氷の結晶の格子に取り込まれることで成長します。このとき、氷の結晶の表面ではどんな事が起きているのかを、佐﨑先生たちは分子のレベルで顕微鏡観察するという試みを行っています。このような観察は非常に難しく、これまで世界中の誰もが成功していなかったものですが、佐﨑先生たちは新しい顕微鏡を独自に開発することで、初めて観察を可能にしました。これによって、結晶が成長するしくみを議論することや、表面で起きるさまざまな興味深い現象の本質を明らかにすることができるようになります。この研究は、雪の結晶を直接扱っているわけではありませんが、結晶の成長のしくみが分子レベルで明らかになると、雪の結晶の生成や形の変化のしくみも詳しく解明できるようになると、世界中の研究者から期待を集めています。
もう一つは、新しく開発した人工雪成長装置で雪の結晶の成長実験を行っている北海道教育大学の高橋庸哉(たかはしつねや)先生の研究です。高橋先生は、垂直風洞と呼ばれる装置を作り、この中で雪の結晶を1個だけ空中に浮かせながら、成長させるという実験を行っています。人工雪の成長装置といえば、中谷宇吉郎先生の実験装置が有名です。この装置は対流型といって、水蒸気を含む空気が対流によって流れてくる中で雪の結晶を成長させています。したがって、中谷先生の作った人工雪は、対流による空気の流れに逆らうように成長しますので、結晶の形には少しゆがみが生じます。一方、1960年頃にイギリスの研究者たちが新たに開発した拡散型人工雪成長装置では、対流ではなく拡散によって水蒸気が流れるのを利用しています。この装置では、空気そのものに流れがありませんので、水蒸気の供給に偏りができにくく、比較的対称性の良い形となります。しかし、これらの装置では、雪の結晶は細い糸の上などに固定されて成長します。したがって、天然の結晶のように空中に浮遊して成長する結晶とは、結晶形の決まる条件などが異なる可能性があります。高橋先生の実験では、雪の結晶を空中に浮かべて成長させますので、天然の結晶の成長を完全に再現することができます。この実験は低温実験室で行うもので大変過酷な実験ですが、この研究が完成すれば、結晶の形に対する空気の流れの効果などが詳細に解明されるはずです。
このような研究が進展することで、中谷先生の雪の研究が現代の最先端研究の中でも生かされることになります。中谷先生も大喜びされるのではないでしょうか。
(回答掲載日:2020年12月25日)