氷の分子は目で見られる?
顕微鏡と言えば、肉眼でレンズを覗き込む光学顕微鏡を思い浮かべます。しかし、近年ではさまざまなタイプの顕微鏡が開発されていて、中には原子や分子が観察できると謳ったものもあります。しかし、原子や分子と言っても、例えばボールのような固体がどんどん小さくなったものではありません。原子の構造は、中心に原子核があってその周囲を電子が雲のようにまとわり付いているというイメージです。したがって、このような原子あるいはいくつかの原子が結合してできた分子が「見える」とは言っても、ボールを見るようにその実物が見えるわけではありません。いくつかのタイプの顕微鏡について、見えるというのはどういうことかを考えてみましょう。
最初に光学顕微鏡を考えてみましょう。これは、光は波であることを使って、レンズによる光の屈折により観察物を拡大して見えるようにしています。したがって、光の波長よりも小さなものは、原理的には見ることができないという限界があります。人間の目で観察できる光(可視光)の波長は、せいぜい400nm(0.0004mm)程度ですので、どんなに工夫をしてもこれより小さなものは見ることできません。原子や分子の大きさは、せいぜい0.1〜1nm(水分子の大きさは、0.37nm)ですので、光学顕微鏡で見える限界の1/1000の大きさです。すなわち、光学顕微鏡では原子や分子を見ることは不可能です(下記の注を参照)。
それでは、光よりも短い波長を持つもので観察したら、もっと小さなものを見ることができるのではないかと、当然思います。こうして開発されたのが、光の代わりに電子線を使う電子顕微鏡です。電子線の波長は、可視光の1/1000程度ですので、原子や分子の大きさにほぼ匹敵する長さになります。すなわち、電子顕微鏡を使うと、大きめの原子や分子は見る事ができる可能性がでてきますが、かなり小さな部類に入る水分子を見るのはそれでもかなり困難です。また、大きめの原子や分子が見えると言っても、超強力な電子線を発生できる特別な電子顕微鏡を使わないと実際には難しいので、誰でも使えるわけではありません。
一方、走査型トンネル顕微鏡(STM)、あるいは原子間力顕微鏡(AFM)と呼ばれる顕微鏡ではどうでしょう。これらの顕微鏡は、先端が鋭く尖った針で観察物の表面をなぞり、その表面の凸凹の状態を検知するものです。針の先端で感じた表面の凸凹の情報を再構築してモニター画面上に表示できるように工夫しています。私たちも、物体の表面を指先でなぞると、その表面の凸凹を感じることができる場合がありますが、この方法は意外と敏感なのです。その感度を十分に上げてゆくと、結晶表面の原子や分子の並び具合さえ検出することができます。しかし気をつけたいのは、この顕微鏡では実際に原子や分子が見えたということではなく、表面の凸凹の分布から原子や分子の存在や配列の様子を読み取っているということです。現在、世界最先端の性能を持つ顕微鏡では、氷の表面での水分子の分布を検出できる可能性があることが知られていますので、近い将来氷の表面で水分子が配列している様子を検出できるかもしれませんね。
(注:光学顕微鏡では、原子や分子を見ることは原理的にできません。しかし、2つの光の波が到達する時間の違い(位相差と言います)をうまく使うと、結晶表面などにある原子1個分の“段差”を観察できます。北海道大学低温科学研究所の佐﨑元先生のグループでは、この原理を使った世界最先端の光学顕微鏡を開発して、氷結晶の表面での水分子1個分の段差を観察しています。詳しい紹介は、Q14の答えを参照してください。)
(回答掲載日:2022年1月7日)