過冷却水について
過冷却水を作る実験、簡単そうですが、実際に行ってみるといろいろと不思議なことがたくさんありますね。どんな水を使うかで過冷却水のできやすさが違うということに気がついたことも、とてもよく観察できていて、素晴らしいと思います。
質問の回答を始める前に、過冷却水のできやすさとは、どういうことかをもう一度考えてみると、これは過冷却水が凍りやすいかどうかということに言い換えることができますね。したがって、過冷却水がどのようにして凍り始めるのかを考えることが大事になります。
過冷却水の凍りやすさは、実はどのような水を使ったかということだけではなく、水の温度や量、水の入った容器、水溶液であればその溶質(溶け込んでいるもの)の種類や量など、さまざまな理由で変化します。これを完全に理解することは、実はとても難しいことで、いまもまだ正確には答えることができない問題が数多く残されています。ここでは、過冷却水が凍り始めるときに何が起きているのかを考えてみましょう。
ある容器に入れた水を冷やして過冷却水を作ったときに、その過冷却水が凍り始めるのは、その容器の中の何処かに最初のごく小さな氷の粒ができたときと考えることができます。このような氷の粒(すなわち氷の核)ができるという現象を、「核生成」と呼びます。核生成で発生した氷の核は、そのまま過冷却水の中を成長し、やがて容器の中の過冷却水は全部氷に変わることになります。このプロセスは、「過冷却が破れる」と表現したりします。
では、この核生成の起こりやすさは、どんな性質に関連するのでしょうか。その一つ目は、もちろん過冷却水の温度です。過冷却水の温度が下がるほど、核生成が起こりやすくなります。すなわち、温度が下がるほど、過冷却水は凍りやすいのですが、これは実験での直感とも一致すると思います。
二つ目は、過冷却水の量です。過冷却水の温度が同じであっても、その量が多いほど凍りやすくなります。その理由は、過冷却水のなかのどこかに最初に氷の核が発生したら、その氷の核が過冷却水の全体を凍らせるきっかけになるからです。すなわち、過冷却水の量が多ければ多いほど、その中のどこかで最初の氷の核が発生する割合が増えます。このため、温度が同じであっても、量が多ければ凍りやすいということになります。
三つ目は、過冷却水を入れている容器の影響です。私達が過冷却水を作ろうとすると、水は必ず何らかの容器に入れなければなりません。この容器をどんなに綺麗にしても、その表面には、必ず細かな傷や凸凹などが残っています。このような表面に過冷却水が接していると、その傷や凸凹によって、氷の核が発生しやすくなります。このため、過冷却水の温度や水量が同じであっても、どのような容器を使っているかで過冷却水が凍りやすいかどうかが変化してしまいます。また、これと関連して、水中に存在する小さなゴミの粒などの影響もあります。このような粒も、氷の核を発生させやすくするもとになります。
最後に、海水など、不純物が溶け込んだ水溶液の過冷却についても考えてみましょう。水溶液の場合であっても、上に述べた条件はそのままであてはまるのですが、ひとつだけ他の要素が加わります。それは、水溶液に溶け込んでいるもの(溶質と言います)の濃度が高くなればなるほど、その融点(凍結温度)が下がるということです。例えば、約3%の塩分が含まれる海水の融点は、0℃ではなくおよそ−2℃になります。したがって、海水の場合は、温度が−2℃以下にならないと過冷却水とは言いません。水溶液の過冷却水の場合は、この融点が下がる分だけ過冷却の温度も小さくなることになりますので、純粋な水に比べると凍りにくくなります。
以上のように、過冷却水が凍りやすいかどうかは、多くの条件が関係していますので、簡単に何が原因で氷の核が発生したのかを述べることはとても難しいという事がわかると思います。最後に、どのような条件にすれば過冷却水をできるだけ凍らせることなく保てるかを考えてみましょう。上に述べた条件を考え合わせると、使用する水をできるだけ綺麗にし、量をできるだけ少なくして、なおかつ容器に入れないでおくというのが良さそうということがわかりますね。上空の雲の中にある雲粒(水滴)は、実はこの条件を満たしているのです。すなわち、雲粒は非常の小さく(直径が0.01mm以下)、空中に浮かんでいるので容器の影響がありません。このため、雲粒は過冷却状態になってもなかなか凍らずに、長い時間安定して存在することができるのですね。、実際、このような水滴は、―40℃近い温度になるまで凍結せずに過冷却の状態でいることができることがわかっています。
最初に述べたように、過冷却の問題はとても複雑で、まだよくわからないことも沢山あるのですが、一つ一つの条件をよく考えていくと、その関連がわかってくると思います。ここに述べた回答は、かなり難しいかもしれませんが、その入り口となるはずです。この過冷却とは、とても奥が深くまだまだ謎の多い問題であることがお伝えできたら嬉しいです。
(回答掲載日:2025年2月15日)